「そんな事ができるんですか!?」
都立技術開発センター(仮名)の光学エンジニアの横田君は声を上げた。
米半導体大手に頼まれて作り始めたリアルタイム3D合成チップのめどが付いたので、現実の空間と類似の光線を再生して映像が浮き上がって見える光線再生方式のディスプレイの研究を一緒にしようという提案をしたのだ。
「その名もパシウム・ディスプレイだ」
マイケルは嬉しそうに答えた。いつの間にか商標まで考えているらしい。光のパスを再生するのでパシウムか。
「光線再生方式のディスプレイ、僕もいつかは作れると思っていたんです。前の会社は、全然冒険させてくれないから、研究がやりたくて僕はここに移って来たんですよ」
横田君は瞳をキラキラさせた。
夢を捨ててないエンジニアは素敵だ。
横田君はカチャカチャと光学シミュレータを叩き、マイケルの理論が可能か銅貨を確認した。
「できる。理論上はできる」
横田君はパソコンに向かって頷いた。
「理論上できても、そこからが難しいんです」
パイオニアで3Dディスプレイを作ってきたダイちゃんが釘を刺した。
ハードウェア作りはソフトウェア作り以上に難しい。というか、細かいハードルが多い。物理的な世界が関わってくるので、つまらない話だがチップ設計に成功しても電流や抵抗、歩留まりなどでコケることなんてザラだ。
特に光は、電波と同様で一筋縄ではいかない。光は曲がる、散乱する、屈折率は色によって異なる、など現実世界でテストする時とシミュレーション上でテストするのでは天と地ほどの差が発生する。
「焦点はピクセルをいかに作るか」
マイケルは呟く。
「材料に何を選択するか、材料の開発も必要になるでしょう」
ダイちゃんがマイケルに続く。
「今から材料なんて現実的ではない。ありものでラフな実験を行なってからブラッシュアップをするのはいかがでしょうか」
横田君が提案をした。
「でも、こんな巨大プロジェクト、どこから手を付けましょう?」
「まずは、複数の光線を発生させられるピクセルの研究開発から始めよう」
「そうしましょう。では、助成金申請には技術評価が必要なので、僕も資料作成をお手伝いします」
横田君は大はしゃぎだった。
そ
れはそうだ。研究が好きな人なら、できそうでできなかった未知の分野に踏み出してみたいという願いを持っている。挑戦したい。でも、自分ではカバーできな
い技術がある。だから、エンジニア同志でコラボレーションするのが理想だが、組むエンジニアが自分の理想のソリューションを持っているとは限らない。で
も、チップで映像の高速処理ができるなら、可能性は低くは無い。
技術評価の日がやって来た。
審査員に技術説明を行ない、反応はかなり良かった。
待合室に戻ると横田君が駈け込んで来た。
「深田さん、技術点において横田・R社チームがぶっちぎりナンバーワンです!」
「ハイ・ファイブ!!」
深田、横田、マイケル、ダイちゃんは手を上げてバチーンとタッチをした。
ディスプレイを作るのでなく、光線再生型ピクセルの開発にテーマを絞ったのが良かったのだ。
お台場からの帰り道、全員が興奮を隠しきれない様子だった。
リアルタイム3Dを開発してきたマイケルに浮かび上がる3Dディスプレイの研究を続けてきたダイちゃん、皆の思い描いていた夢の研究に一歩近づいたのだ。
数日後、横田君から「深田さん。後でお電話宜しいですか?助成金事業の件なんですけど」とメールがあった。
深田は胸騒ぎがして、すぐに横田君に電話を掛けた。
「どうしたの?」
「実は、小林英里さんが・・・」
「エリちゃん?元副社長の?」
「その、小林英里さんがR社いなくなったので契約は出来ないと言われました」
「どういうことなの?」
「パシウム・ディスプレイの権利を小林英里さんが主張しているから、権利争いに巻き込まれたくないのでうちは関わりたくないそうなんです。だから、本当にごめんなさい」
さっきまで明るかった視界が、急に真っ暗になったような気がした。
エリちゃん。あんなに何年も仲良くやって来たのに、いなくなってもとことん妨害するのか。
パシウム・ディスプレイ。
始まってすらいない製品の、権利の取り合いが始まった。
TO BE COTINUED
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