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2015年12月5日土曜日

事件サマリー:第19話 四面楚歌



「サーキット社(仮名)から納品されなかったってどういうこと!?前金は払ったんでしょ?」
オフィスに戻るなり深田は大声をあげた。
「はい。払ってます。さっき設計が届いたんですけど、全部PDFで納められてデータでは無いんです」
「やられたな。紙ベースで納品されてもシミュレーションも掛けられないし、設計データ流し込みもできないな」
マイケルはソファにもたれかかった。
「元請け会社S社の部長とサーキットを呼んで話し合ってくる」
「無駄だ、深田。これも共産党だ」
マイケルはため息を吐く。
「マイケル、共産党スパイの仕業だって決め付けられないし、やってみないと分からない。私は諦めない」
証拠が無いので、そうだとは言い切れない。
「時間の無駄だから俺は行かない」
「じゃあ、エリちゃんと留守番でもしてて!」
深田はS社にサーキット社を呼び出し、車のエンジンを掛けた。
大田区にあるS社ビルに入り、部長に会議室へと通されると既にサーキット社取締役が座っていた。
「おまえが深田か。うちの設計が紙切れだとか文句言いやがって、名誉毀損で訴えてやる!」
取締役が大声を張り上げて、バシンと机を叩いた。
「いったい設計がPDFで何が悪いんだ?言ってみろよ
「PDFだとデータがシミュレータに流し込めないじゃないですか」
深田はオドオドしながら答えた。開発会社を始めたが、自分は金融が本業で技術は専門外だ。
「それはお前に技術が無いから、紙切れで理解できないんだろうが」
相手は凄んで来た。まるで、まともな企業人だとは思えない。
「いまから技術の者を電話で参加させます」
そう言って、深田はマイケルを電話で呼び出した。
「PDFで基板焼くメーカーがこの世のどこにあるんだ?チップのグレードも相談せずにコピーチップ乗せてどういうつもりなんだ?」
マイケルも興奮してか声が荒くなる。
「ハァ?何言ってんだよ?英語で喋るな。バーカ!それに、うるせーんだよ、この外人!バカなんじゃねーか?訴えたかったら、訴えてみろ!契約書も何もサインしてないんだからな!ハーッハッハ」
そう言ってサーキット社は去っていった。
「あの態度、俺がいなかったらどうなったんだ?」
さすがに元請け会社の部長も呆れ果てた。そりゃそうだ。女だけなら、もっと苛められてたかもしれない。
「ところで、深田社長どうするの?基板開発」
「心当たりが数社あるので、すぐに相談してきます」
そう言って、深田は部長に会釈してビルを出た。駐車場に向かう足が思わず早くなる。
「もしもし。今から私、大手基板メーカーに行くから、エリちゃんもすぐに基板設計会社片っぱしから電話して!!」
深田は、電話しながら車のアクセルを踏み、赤坂へと向かった。
一社だけ心当たりがあった。
金融機関時代に上場企業を何社か訪問したが、その中の一社が基板メーカーなのだ。最初からそこに発注すれば良かったのだが、ちょっと変わった会社なので避けていた。
「しょうがない。会長に頼んでみよう」
思わずネイルを噛んだ。
車を停めて、ネオンの雑踏を通り抜けて、基板メーカーのビルに入る。男が数人入り口で座って酒を飲んでいるが、このビルの一階はバーになっているのだ。
「すみません、会長いますか?」
バーで深田はバーテンに声を掛けた。
「どちら様でしょうか」
すぐさま、礼儀正しい男性が出てきた。
「あの、株女が来たとお伝えください」
当時、証券会社に勤めていたので、株女と呼ばれてたのだ。
スーツ姿の男はインカムで誰かと話すと、「こちらへどうぞ」と二階へ通してくれた。
二階の事務所は7時も過ぎているので、既に真っ暗だった。ただ、男性がリモコンスイッチを入れると、壁が開いて奥からカウンターバーが現れた。
「おお、株女。どーした?」
会長が隠し部屋でバーボンを嗜みながら葉巻を燻らせてる。気のいいおじさんだ。仕事じゃなかったら会わないが、何回会っても怖い。
「会長、サーキットにやられまして。基板作って欲しいんです」
「なんだよ。サーキットは俺の子飼いだよ」
「苛められてるんです!!お願い基板作って!」
「いくら払う?」
「1800!」
「安い!3000くらい出せよ!」
「お願いお願い会長!」
「おまえ!一回もやらしてくれなかったのに、なんで俺がお前に割引しなきゃいけないんだよ!」
男って、すぐこれだ。何かあったら、すぐにヤらせろだ。
「あ、会長。この女ですか?『金持ちか知らないけど、女に使わなかったら貧乏と一緒よ』って言って会長をフった失礼な女は」
オールバックのスーツの男が会長に口を挟んだ。因みに、その都市伝説の女は私ではない。
「もう、会長。お仕事ですよ!」
深田が不貞腐れた。
「深田、EイコールMCの二乗知ってるか?」
会長はチラリと深田を見た。
「なんですか。相対性理論でしょ?」
数学なんて飽き飽きだと深田は答えると、
「おい、おまえら。このバカ女が相対性理論知ってて、なんでお前ら知らないんだよ」
と周囲の幹部を一蹴した。
「おい、株女。その仕事、やってやるよ。その前にサーキットと話付けないとな」
会長は機嫌良く葉巻の煙を吐いた。

オフィスに戻るとエリがニコニコして深田を待っていた。
「萌絵さん、三社に電話しましたが、三社ともやりたいって仰ってくれました」
「ホント?こっちも上場企業に頼んできた」
「これで一安心ですね」
エリは大きな瞳を細めて笑った。
「なんか、酷い目に遭ったけど、軽く飲んで気分転換でもするか」
夜も既に8時半を過ぎている。そういえば、お腹ぺこぺこだ。

乾杯とワイングラスを鳴らして、二人は一口飲んで同時にため息を吐いた。とにかく疲れることが多過ぎる日々だ。
深田は今日起こったことを順にエリに説明した。エリは仕事上の相棒だが、殆どの時間を一緒に過ごすので親友みたいなものだ。
「なんですか、その壁の後ろの隠し部屋が会長室って!ヤ◯じゃないですか?」
エリが声を上げる。
会社の一階にボディガード、インカムで連絡を取るスーツの男、葉巻を燻らせてる会長、突っ込みどころ満載だ。
「一応上場企業で、ヤは上場できないのが証券業界のルールなの」
ルールではそうなっているが、実際適切に運用されているかはナゾだし、そこは深田の責任範囲外だ。
「こっちも三社が明日見積もりくれるって言ってるので、安心です」
そう言いながら、エリはスマホでメールチェックをする。彼女は女性にしては珍しく、プライベートより仕事が大事なタイプなのだ。
「萌絵さん、大変です」
「なに、今日の大変はお終い!」
深田はソーセージをかじる。
「今日、見積もりを依頼した三社が全て取引断ってきました」
「な、なに?」
慌て深田は自分の携帯を見ると会長からメッセージが入っていた。
『サーキットと話した。基板は作らない。裏切られるお前が悪い』
「なんですか、これ…」
エリが深田の携帯をのぞき込む。
「エリちゃん、今日問い合わせた会社に理由を聞いて」
エリはすぐに営業マンの携帯へとかけた。
「あの、今日のお見積もりの件なんですけど…」
「あ、あ!う、うちはね、オタクの仕事なんか受けられない!この業界、会長に逆らったらお終いなんだよ!二度と連絡してくれるなぁ!!ガチャン」
裏返った営業マンの声がスマホから響くのがこちらまで聞こえた。
「萌絵さん…」
「なんなんだ、これ…」
今日、サーキット社から納品がされなかった。他の会社に頼んだ。それだけのことだ。
営業マンが何をそんなに恐れていたのか、こちらには分からない。
「この『裏切られるお前が悪い』って、これこそどういう意味なんでしょう」
不気味がるエリ。
何もかもが既に理解の範疇を超えていた。
会長からのメッセージが、何を意味するのかも。

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