「あと一週間か…」
深田は頬杖ついてカレンダーを見つめる。
基板メーカーには散々な目に遭った。
まさか、基板メーカーがパチンコに牛耳られてるなんて思いも寄らなかった。
エリが副社長になり、基板設計会社のSUNMANと国内基板メーカーと交渉して開発を進めていた。
基板メーカーは設計会社のデータを基に部品実装会社と一緒に基板を製造する。アパレルで言えば、デザイナーと服を縫う工場と服の飾りを付ける工場というイメージだ。(あまりいい例えじゃないけど)
「フカダァ!タイヘンだ!」
香港にいるマイケルから国際電話が入った。エリがいつも大変大変言うので、大変という日本語をすっかりマスターしてしまった。
「もう、大変大変言わないで。鬱陶しい」
深田は悪態を付きながら電話に応じる。
「いま、ファンさんが中国科学院からの質問があると言ってきた」
ファンさんはマイケルの中国の友達だ。ベトナム戦争で現地にいたので、見た目は鼻毛ボーボー、枯れ葉剤で歯はボロボロの楽しいおじさんだ。因みに鼻毛と枯れ葉剤は関係無い。
「それで、何が大変だったの?」
「S社に納品した資料、中国科学院が全部持ってる!」
「ハァ!?どういうこと?」
「そういう事だ!お前たちの英語が意味不明で理解できないから、中国科学院の院士ルァンハオがファンさんに頼んできたらしい」
中国共産党必殺技、スパイしてくる割には最後に「これ、なに?」と本人に聞くという中国四千年の必殺技だ。だったら、盗まずに最初から聞けばいいのに、と、深田はいつも思うものだが聞かれても答えないからスパイしにくるから仕方ないとも思い直す。
「S社への納品物が全部向こうにあるってことは、S社が絡んでるんじゃないの?」
深田はS社が解放軍ロジスティクスと組んでいたことを思い出した。
「それだけじゃない。中国科学院のルァンハオにそれを断ったら、『お前たちの基板は既に妨害工作をしたから、大人しく設計情報だけ渡せ』と脅された」
「何それ。基板は妨害工作受けたけど、もう違うところに頼んで来週マイケルが日本に来る頃には出来上がるよ」
深田はこともなげに答えた。
基板は作っている。問題はS社だ。
うちの資料がS社から漏れたとしたら、基板メーカーの情報もS社に漏れてる可能性がある。
「エリちゃん、基板の進捗どうなってる?」
「プリント工業さんからは、予定通りだと聞いてます」
そうか、と答えはしたけど、胸騒ぎがした。基板が出来上がるまで確認のしようがないから、待つしかない。
翌週になって、基板が納品された。
「萌絵ちゃん、プリント工業さんが基板納品に来てくださいました」
エリがニコニコして、マイケルと深田を呼んだ。
「こちらです」
一枚35万円のFPGAチップが二枚搭載された基板が出てきた。
良かった。ついに基板が出来た。深田が胸をなで下ろすと共にマイケルが口を開いた。
「なんだ、これは!!電源が無いじゃないか!!」
マイケルは怒りで言葉が震えていた。
目線を基板に落とすと、緑の板にあるはずのものが無い。電源だ。
「あ、電源?オタクが電源必要だって言わなかったから付けてません」
電源、電圧と電流の話は初回の打ち合わせで済ませているはずだ。それに、サーバの部品に電源を付けないなんてあり得ない。
「ちょっと待っくださいて。電子基板に電源付けないとか、あり得なくないですか?」
「ええ?でも、オタクが電源必要って言って無かったでしょ」
プリント工業の部長はシラを切った。
「とにかく、納品はしたんだからお金は払ってくださいね」
「そんなわけないだろ。電気も流れない基板の検収をどうやってするんだ」
マイケルは怒った。
当然だ。電源の無いパソコンを渡されて、これにソフトウェア入れてテストしろと言われてるも同然だ。
「それは認識の違いかもしれませんから、戻ってこれまでのやり取りを確認します」
そう言って、プリント工業は帰っていった。
机の上には緑の基板が5枚。
一枚35万円のチップが10枚が無駄になった。
「ルァンハオの言っていた妨害工作って…」
「どうやらこれの事だったらしいな」
マイケルはやれやれとソファに座って脚を組んだ。
続く
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